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妄想物件物語

MACHIYA

物語⑨ 洋介と美和の場合 京都市伏見区両替町プロジェクト 最終話

今回の登場人物
洋介 37歳 男性
職業:大手ゲーム会社に勤務するゲームプランナー
ゲーム以外には、こだわりがなく無頓着。

美和 35歳 女性
職業:企業・リクルート領域をメインに活動するフリーライター
クリエイティブで毎日楽しそうな夫に少し劣等感がある。

子どもはいない夫婦、結婚2年目。出会いはリクルートサイト用の取材。大好きな鴨川周辺に住みたかったが、夫の強い希望により丹波橋付近で物件探しを始める。

夫は仕事がノってきていて、楽しくて仕方ない。
最近も自分の仕事で話題作を出し、
繁忙期は残業が多く、インプットのためにゲームの時間を増やす為に、
会社の近くに住みたいと考えるように。
妻はライターとして独立して5年、中堅としてまずまず仕事が増えてきたが、
このまま今の仕事を続けていいのか、40代を目前に不安が募る。
結婚を機に新居を探し始め、早速紹介された物件にインスピレーションを受け、
早々に契約まで進め、夫が待つ家に帰った─────

 

大事な、ワクワク感

 

「物件を決めた」と話すと、洋介は驚いた顔をした。

スマートフォンでGoogleMapや写真を見せながら「会社の最寄り駅まで10分で行けるで」「駅もスーパーもジムも近いし」と伝える。

「ほら、こんな風にガラス張りの家でな。玄関からも、天窓からも、自然光がふんわり入ってきてて明るいねん。私が一番気に入ったのはこの2階の窓なんやけど、壁一面、ていうか1.5面がガラス窓で、こっから空が眺められるんよ」

スマートフォンで撮った写真を見せつつ説明していると、洋介が写真ではなく私の顔を見ていることに気がついた。

「どしたん?」

「いや、なんか、元気そうやなって思って」

「うん、元気やけど」

「最近、あんまり元気なかったから、ちょっと心配しててん。でも今日すごい楽しそうやから安心した。よかったわ」

そして洋介はにっこり笑って、「最高の物件やん、そこにしよ」と言った。

「もっと見なくていいの? 間取りももらってきたで」

「ええねん。美和ちゃんが気に入ったんやったら、それでいい」

「ほんまに? 言うて、大きい買い物やで」

「ほんまに。大きい買い物だからこそや。俺はゲームができて、美和ちゃんが幸せそうやったら、それで十分」

それを聞いて私は赤面したが、洋介は恥ずかしげもなく平気な顔をしていた。

この人は出会った頃からそうなのだ。好きなものは好き、興味ないものは興味ない。大事なことがはっきりしていて、嘘も迷いがない。
そういうところを好きになったのに、いつの間にかそういうところに嫉妬していた。
自分が何を好きで、何を大事にしているのか、全然わからなくなっていたから。

だけど、今ならわかる気がする。
私は洋介のように、一つのことを追究することはできない。けれど、いろんな形に変わることはできる気がする。

あの物件が見せてくれた夢を信じてみよう。もう一度あの空間で、自分自身を取り戻してみよう。

 

Sさんから、物件が完成したという連絡があった。

休みの日、洋介と一緒に見に行く。実際に駅から歩いていきながら、「この居酒屋おいしそう」「このカフェいい感じやな」などと話をした。もうすぐ、ここが私たちが住む街になるのだ。まるで挨拶をするように、私たちはゆっくり歩いた。

家の前に着くと、洋介が

「うおー、めっちゃかっこいいやん」

と声をあげた。

「家の脇に階段があるんやな。それでちょっと小高くなってるんか」

ふんふんと言いながら外観を見てまわり、

「玄関の土間も広くて気持ちええな。自転車も置けそうやん」

と言った。

 

 

何より洋介が気に入ったのは、1階の仕事部屋(にしようと私が思っている部屋)だった。

「この梁も天窓もかっこええなー。秘密基地みたい。夢があるわ」

Sさんが満足そうに、「梁はそのまま残してあるんですよ。2階も立派な梁があるんで、ぜひ見てください」と言った。

 

2階に上がるとまた洋介は歓声を上げた。

勾配天井やん、テンション上がるなー」

ベランダも広くてええなぁ」

「すげえ、この部屋で大の字で寝っ転がりてえ」

楽しそうに感想を口々に言いながら、キョロキョロと見渡す。

こんな洋介を見たのは初めてだったので、私はびっくりしてしまった。
予想では「美和ちゃんが気に入ったんならそれで」と、さして興味もなさそうに内覧が終わるのかと思っていたのだが。

 

 

「美和ちゃん、僕、間違ってたわ」

洋介が、窓の外を眺めながら言った。

「え、何が?」

「今まで自分はなんのこだわりもない、どこでもいいって思ってたけど、住む場所って大事なんやな。空間設計やデザインでこんなにワクワクしたり興奮したりするんやなって、初めて知った気がする」

相変わらず、熱いことをさらっと言う男である。

Sさんの方をちらっと見ると、ものすごく嬉しそうな顔をしていた。かくいう私も、なんだか鼻が高い。

「いやぁ、僕ももっとデザインにこだわろう。大事やな、このワクワク感」

洋介はやっぱりゲームのことを考えていたようだったが。

Sさんと引渡し日や契約のことなどを話し合ってから、物件を後にした。

振り向いてもう一度家を見ながら、

「ここが私たちの家になるんやね」

と話し合う。

 

 

「あのな、私、小説を書いてみようかと思って」

そう言うと、洋介は「えっ」と驚いた顔をした。

「どうしたん、突然」

「いや、これまでずっと、書いてほしいって頼まれたことを書いてきたやろ。でも、そろそろ自分が純粋に書きたいものを書いてみてもええかなって思ってん」

洋介は「ええやん」と言った。

「美和ちゃんが書きたいものを書けばいい。僕は応援すんで」

「ありがとう。どうなるかわからんけど、とりあえず書いてみるわ。なんか、あの家だったら書けそうな気がするから」

窓から見える空は、日によって色を変えるだろう。
晴れの日だけではなく、大雨や雪、台風の日だって来るだろう。

そこに、ただ身を置いてみたい。
移り変わる天気を感じるように、刻々と変わっていく自分を感じてみたい。
その時、どんな言葉が生まれるだろう。どんな私になるだろう。

 

「いやぁ、ワクワクするね」

 

洋介がゲームを作る時も、こんな気持ちだろうか?
もしそうなら、この気持ちをずっと忘れないでいたい。

 

【fin】

 

【文章】土門蘭

 

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