妄想物件物語

MACHIYA

物語⑩ 相田家の場合 滋賀県大津市プロジェクト

今回の登場人物
相田はるか(10)
小学校4年生。
両親の影響で自然が大好きな、心優しい女の子。

悠(6)
はるかの弟。明るくて元気な男の子。
保育園の年長。来年1年生になる。

お父さん(40)年収1,000万円
京都のデジタルマーケティング企業で働いている。
キャンプが好き。

お母さん(39)年商600万円
フリーランスのデザイナー。
娘の気持ちをとても大事にしている。涙もろい。

 

小学4年生になったはるかは、新しいクラスに馴染めず、
学校へ行くことがしんどく感じている今日この頃。
そんな娘の様子を見ていた父は心配になり、長男の進学を機に環境を変えることを検討。
職場でリモート勤務が可能になったので、
自然に近い場所に引っ越そうと決意を固める─────

 

 

好きなことを思い出す家

 

 

今日も、ぜんぜん学校に行きたくない。

 

朝起きてすぐなのに、学校に行く準備をしていると、体がどっと重たくなる。
いややなぁ。行きたくないなぁ。
でもお母さんが心配するから、ちゃんと行かなくちゃいけない。

トースターで焼いたパンに、いちごのジャムをぬる。

朝ごはんは最近、ごはんからパンになった。前までは、甘いジャムとパンは休みの日だけだったのに。わたしがぜんぜん食べないから、お母さんが「食べないよりはまし」と折れたのだ。食欲はないけれど、やっぱりお母さんが心配するから、ちゃんと食べる。

弟の悠が、ジャムをすくうスプーンをなめてしまった。

「だめやで、それまだ使うんやから」

わたしは仕方なく、代わりのスプーンを取りに行く。

悠と一緒に保育園に行けたらどんなにいいだろう。「あのころはよかった」なんて言ったら、笑われるだろうか。
私はもう小学4年生なんだから。

お母さんが「もうそろそろ時間やで」と言う。やさしく、なんでもないように。

 

 

4年生になってから、学校が楽しくなくなった。

3年生までもそんなに楽しいわけじゃなかったけれど、それでも今よりましだった。
男女関係なく話すことができたし、休み時間に誰が何をしても、誰も気にしなかったし。
いい意味で、お互いに興味がなかったんだと思う。

だけどだんだん、誰かが誰かを好きになったり、きらいになったり、見た目を気にするようになっていった。
恋バナとか、悪口とか、服や筆箱や髪型がどうのとか。
わたしは、周りの話題にぜんぜんついていけなかった。

春になってクラスが変わってから、みんなあっという間にグループをつくったけれど、わたしはどこにも入れなかった。
初めて同じクラスになった吉永さんが、わたしのことをきらっているようなのだ。
なんでなのかはわからない。でも、きらわれていることはわかる。
よくわたしの方を見てこそこそ話をしているし、くすくす笑いをしているし。

吉永さんは明るくて目立つ子だから、彼女のふるまいはすぐ新しいクラスに行きわたった。
教室に入ると、心なしかみんながしんとする。
だから、わたしはいつもチャイムギリギリになるよう、ゆっくりゆっくり歩いて行く。

 

今日は少し早く着いてしまいそうだったので、裏庭で時間をつぶすことにした。
裏庭にはだれもいなくて、ほっとした。木のまわりにハルジオンが咲いていて、わたしはそれをしゃがんで眺める。
前に、植物が好きなお父さんが教えてくれたのだ。「ハルジオンは、どこにでも咲くんやで」と。

「お父さん家には植物を育てるような庭がなかったんやけど、玄関先に咲いてくれて嬉しかったなぁ」

そんなことを思い出していたら、足元にサッカーボールがころがってきて、誰かがそれを追いかけてきた。

「おお、相田さん。何してるん?」

それは、3年生まで同じクラスだった森川くんだった。
わたしはとっさにうまい理由を思いつけなくて、「ええと、ぼーっとしてた」と答えた。
すると森川くんは「なんやそれ」と笑ったが、わたしの顔を見て急に心配そうになり、「どっか痛いんか?」と聞いてきた。わたしが涙目になっているのに気がついたのだろう。

「目にゴミが入って……」

下手なウソをついた時、「森川ー!」と運動場から声が聴こえた。
わたしは「そろそろ行かな」と言い、走ってそこから逃げた。

それからだ。わたしが森川くんに告白したといううわさが流れ始めたのは。
吉永さんは泣いていた。わたしはいろんな子に「ひどい」と言われたり、からかわれたりした。
本当に、わけがわからない。

 

 

「ごめん、もう学校行けへん」

ある日の夕食後、わたしはお母さんとお父さんに言った。
行きたくない、ではない。行けないのだ。
できる限りがんばったけれど、もうこれ以上は無理だってことがわかる。

二人は「どうしたん?」「何かあったん?」と聞いてきた。何度もこれまでに聞かれたことだ。
でも、わたしは何も答えられなかった。理由なんてあるようでない。ただ、あそこになじめないだけだ。

悠も心配そうに「はるか、どうしたん?」と聞いてくる。
わたしは泣いていた。なんだか情けなくて。
なんできらわれるのか、なんで「ひどい」と言われるのか、わからないからどうしようもない。

「わかった、もう行かんでいいよ」

お母さんがそう言った。「うん、行かんでいい」とお父さんも言う。

「ほんまに?」

「ほんまに」

二人が声をそろえて言った。わたしはほっとして、もっと涙が出た。お母さんがちょっと泣いているのがわかった。

お父さんが、

「じゃあ明日、お父さんに付き合ってくれへんか」

と言った。

「はるかと一緒に行きたいとこあんねん」

涙をふきながら「どこ行くん?」と尋ねる。すると悠が「ぼくも行くー!」と大きな声で言った。

「膳所ってところ」

「ぜぜ?」

「うん。滋賀の大津に、そういうところがあんねん。悠は危ないから、また今度一緒に行こな」

駄々をこねる悠を、お母さんが抱っこしてなだめる。

「明日、二人で行っておいで」

お母さんも、ほっとしたように笑っていた。
そんな顔を見るのは久しぶりだった。

 

【文章】土門蘭