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妄想物件物語

MACHIYA

物語⑨ 洋介と美和の場合 京都市伏見区両替町プロジェクト 第二話

今回の登場人物
洋介 37歳 男性
職業:大手ゲーム会社に勤務するゲームプランナー
ゲーム以外には、こだわりがなく無頓着。

美和 35歳 女性
職業:企業・リクルート領域をメインに活動するフリーライター
クリエイティブで毎日楽しそうな夫に少し劣等感がある。

子どもはいない夫婦、結婚2年目。出会いはリクルートサイト用の取材。大好きな鴨川周辺に住みたかったが、夫の強い希望により丹波橋付近で物件探しを始める。

夫は仕事がノってきていて、楽しくて仕方ない。
最近も自分の仕事で話題作を出し、
繁忙期は残業が多く、インプットのためにゲームの時間を増やす為に、
会社の近くに住みたいと考えるように。
妻はライターとして独立して5年、中堅としてまずまず仕事が増えてきたが、
今の仕事内容と子供は産むべきかの天秤で、40代を目前に不安が募る。
結婚を機に新居を探し始め、紹介された物件をいざ目の前にすると─────

 

変化を楽しむ。

 

不動産屋の担当・Sさんが連れて行ってくれたのは、京阪丹波橋駅から歩いて5分ほどのところにある物件だった。

近鉄丹波橋駅も割と近いんですよ。徒歩7分ってところです。旦那さんが使われる地下鉄烏丸線とも直通ですし、京都市内はもちろん、大阪にもアクセスがいいですよ」

確かに、立地は申し分ない。

近くにスーパーもあるし、スポーツジムもある。駅前にはカフェや居酒屋もあって、生活するのには便利だろう。

ただ、川が近くにないことが少し残念だった。

今は鴨川から歩いて10分ほどのところに住んでいて、仕事に行き詰まったら川沿いに散歩するのが日課なのだ。物件のあるあたりは住宅街で、大きな川などはなさそう。気分転換をしたくなったら、どうすればいいんだろう。

 

そう話すとSさんは、「鴨川付近のファミリー物件は、今だいぶ高くなっていますからねぇ」と申し訳なさそうに言った。手の届く金額だと、洋介の会社からはずいぶん離れてしまうらしい。

「でも、川はないけど空はありますよ」

Sさんは、真面目な顔で言う。

「空?」

そう聞き返したと同時に、工事中の物件に着いた。中では大工さんが作業をしていて、Sさんが「お疲れ様です」と挨拶をする。

 

 

玄関がガラス扉で、まずはそれにびっくりした。

「玄関、明るいでしょう? 目の前の通路が少し狭いので、車も通らないし人の視線もそんなにない。そのロケーションを活かして、ガラス張りをメインにリノベーションをしているんです」

中に入ってみると、6畳の部屋が2つあった。

こちらはさすがにガラス張りではないが、暗い印象はなく、優しい明かりに包まれている。なんでだろうと思ったら、すぐその理由がわかった。

「あ、天窓だ!」

思わず私が声を出すと、Sさんが嬉しそうに頷いた。

「この家はだいぶ昔に建てられていて、もともと天井が低いんです。そのままだとどうしても暗く圧迫感があるのですが、周りに高い建物がないので、光が入ってきやすい。その立地を活かして、自然光をたくさん取り入れるように改装しています」

 

 

確かに、玄関や階段の方からもふんわりと優しい光が入ってきて、家全体がほのかに明るい。

1階の部屋の片方は仕事部屋兼書斎、もう片方は夫婦の寝室にしたらいいかもな、と思った。でもそうすると、私の「一人の空間」はやっぱり諦めるしかないのだろうか……。

 

「一番見ていただきたいのは2階なんですよ」

そんな私の気持ちを感じ取ったのか、Sさんがそう言って上に目をやる。

階段を登り、2階に辿り着いたとたん、目の前に広がる光景に私は「わっ」と声をあげた。

壁一面、いや、1,5面のガラス窓。そこから、大きな空を眺めることができる。

「本当だ、確かに空がありますね」

そう言うとSさんはにっこり笑った。

「先ほども申し上げたように、もともとは暗くて狭いお家だったんですが、ここから見える空はきれいだから、それを活かしたかったんです。この窓から入った光が1階にも落ちるから、全体的にふんわりと明るい印象になっているんですよね」

大きな窓は北向きなので、明るすぎず暗すぎない。一方、半面にかかった窓は西向きで、夕日が綺麗に見えるかもしれないなと想像した。

 

 

仕事が終わったら、ここで夕日を眺めながらお茶をするのはどうかな。
そんなイメージが湧いた瞬間、「あ、一人の空間だ」と思った。
大きな空を眺めながら、ぼんやりとお茶をしたり本を読む。
晴れたら空は真っ青になるだろうし、雨の日には雨粒が落ちるのが見えるだろう。
毎日違う表情を見せる空を相手に、ここでのんびり時間を過ごせたら……。

ああそうか、とふと腑に落ちた。私は変わっていきたいんだ、と。

ずっと変わらない洋介が羨ましかったけれど、私は今変化している。何を書くか、どのように書くか、変えていこうとしているのだ。もしかしたら、書かない選択をする日も来るかもしれない。だけど、どんな自分も受け入れて、その時の自分を生きていきたい。

 

そんな自分に、この家はぴったりだと思った。

変わることを楽しむこと。

ここから見える空が、きっと私にそれを教え続けてくれるだろう。

「ここにします」

そう言うと、Sさんは面食らった顔をした。
「えっ、いいんですか? 旦那さんと話し合わなくて」
「はい。夫は、立地以外は任せるということだったので」

ええと、それじゃあ、とSさんはわたわたとパソコンを広げた。私はその間に、また家の中を歩き回る。

ここは本とゲームの部屋。日中は私の仕事部屋にして、夜は洋介のゲーム部屋にしよう。

ここは私たちが眠る場所。ベッドだけを置いて、ゆっくり眠れるようにする。朝になると天窓から光が落ちて、自然と私たちは目が覚めるだろう。

2階はキッチンとリビング。ご飯を作って、ここで食べよう。朝食の時には朝の空。夕食の時には夜の空が見えるだろう。それを眺めながら、今日がどんな一日になるか、今日がどんな一日だったか、二人でおしゃべりできたらいい。

そして、夕暮れ時は私だけの空間。一人で空を眺めつつ、変化していく自分を味わおう。

 

「気に入っていただけてよかったです」

Sさんが後ろからそう言って、私は笑顔で返事した。

 

「はい、とても」

 

【文章】土門蘭