
今回の登場人物
洋介 37歳 男性
職業:大手ゲーム会社に勤務するゲームプランナー
ゲーム以外には、こだわりがなく無頓着。
美和 35歳 女性
職業:企業・リクルート領域をメインに活動するフリーライター
クリエイティブで毎日楽しそうな夫に少し劣等感がある。
子どもはいない夫婦、結婚2年目。出会いはリクルートサイト用の取材。大好きな鴨川周辺に住みたかったが、夫の強い希望により丹波橋付近で物件探しを始める。
今回の登場人物
洋介 37歳 男性
職業:大手ゲーム会社に勤務するゲームプランナー
ゲーム以外には、こだわりがなく無頓着。
美和 35歳 女性
職業:企業・リクルート領域をメインに活動するフリーライター
クリエイティブで毎日楽しそうな夫に少し劣等感がある。
子どもはいない夫婦、結婚2年目。出会いはリクルートサイト用の取材。大好きな鴨川周辺に住みたかったが、夫の強い希望により丹波橋付近で物件探しを始める。
夫は仕事がノってきていて、楽しくて仕方ない。
最近も自分の仕事で話題作を出し、
繁忙期は残業が多く、インプットのためにゲームの時間を増やす為に、
会社の近くに住みたいと考えるように。
妻はライターとして独立して5年、中堅としてまずまず仕事が増えてきたが、
今の仕事内容と子供は産むべきかの天秤で、40代を目前に不安が募る。
同棲の延長で妻の賃貸マンション(左京区)で一緒に暮らしていたが、
結婚を機に、新居を探し始めることにした─────
「僕は会社に近い場所だったらどこでもええよ。あとは美和ちゃんに任せる」
そう言って、洋介はゲームに戻った。
これは彼にとっては遊びではない、仕事なのだ。だから、怒ってはいけない。
入籍とともに一緒に住み始めたのは2年前。
私が一人暮らしをしていた1LDKの部屋に、洋介が転がり込んできた。
フリーランスでライターをしている私は、住居に事務所も兼ねていたのでそこそこの広さの部屋に住んでいたし、初めは同棲に浮かれていたので問題なかった。
だけど少しずつ、一人の空間がないことにストレスを感じ始めていた。
「日中はずっと一人やん」
そう話すと、洋介はメガネの奥で小さな目を丸くして言った。
確かに、普段私は取材に行く以外は家で原稿を書いているのでその通りなのだが、どうも一人の空間という気がしない。仕事部屋兼リビング、夫婦の寝室。どちらにいても、「一人になれた」と感じないのだ。
一人であることと、一人になれることは、違うことなのだと思う。
物件を探さないか、と提案したのは私だった。今より少し広い部屋に引っ越したい、と。
すると返ってきたのが、冒頭の言葉だ。洋介は住む場所にこだわりがない。というか、着るものにも食べるものにもほとんど頓着しない。こだわりがあるのは仕事だけ。つまり、ゲームだけなのだ。
洋介と出会ったのは、彼が勤めるゲーム会社の取材だった。
新卒採用のために社員のインタビュー記事が必要だということで、私がライターを担当した。その時インタビューした相手が洋介だった。
「僕以外に適任がいると思うけどなぁ」
洋介は恥ずかしそうにしていたが、人事担当の人は「宮田くんは、こう見えてエースのゲームプランナーなんです」と太鼓判を押した。こう見えて。ヨレヨレのシャツで現れた洋介は、みんなに笑われながらアイロンをかけていた。徹夜が当たり前の社内には、アイロンだってドライヤーだってあるのだ。
取材は1時間ほどだった。話すのがあまり得意でないと言っていたが、ゲームのこととなると別のようで、洋介は熱心に話をした。
「僕は、ゲーム以外とりえがないんです。『ゲームを作るならゲームばかりしてたらあかんぞ』って、よくプロデューサーに怒られるんですけど、他に趣味もないし、こだわりもないし、人付き合いも下手。それは自分の弱点やと思う。だから、逆に誰よりもゲームしようって思っているんです」
かっこいいですね、と私は言った。お世辞ではなく、本音だった。
一つのことを突き詰める姿勢が、私には眩しかった。
付き合ってみたら本当にゲーム以外に興味がなくて驚いたけれど、そういうところを好きになったのは間違いないし、変わってほしいとは思わない。
ただ、ここ最近、洋介といるとなんだかモヤモヤするようになった。そのモヤモヤが自分に対してだと気づいたのは、洋介の担当したゲームが発売された日のことだ。
「すごい。めちゃくちゃ話題になってる!」
SNSでの評判やyoutubeの紹介動画を私に見せながら、洋介はとても嬉しそうに笑った。
私は、そんな洋介に嫉妬した。
自分の好きなことが明確なこと。自分がおもしろいと思うものを作れること。自分の仕事に誇りを持っていることに。
私だって、文章を書くのが好きだった。
過去形になっているのは、もう、今はそんなに好きじゃなくなっているからだ。
書くことを仕事にしたくて、無我夢中で頑張ってきた。依頼された仕事は全部受けてきたし、リピーターのお客さんもついた。ライターになって10年、独立して5年。世間では中堅と呼ばれる世代なんだろう。
でも、気がついたら「書いてほしい」と言われるものだけ書いていて、自分が何を「書きたい」のかわからなくなっていた。
いつからだろう。
公開した記事の感想をSNSで探さなくなったのは。
こういう記事が書きたいと企画書を作らなくなったのは。
「書くのが楽しい」と思わなくなったのは。
「わかった、私が探す。条件は会社に近いこと。それだけやんね?」
そう言うと洋介はゲームから顔を上げ、ソファに置いた。
私の様子がいつもと違うことに気がついたんだろう。大事なことを話すときは、ゲームをやめる。結婚してから約束したことを、洋介は忠実に守ろうとしてくれている。
「うん、僕はゆっくりゲームができたらそれでいい。美和ちゃんはどんな家に住みたいん?」
そう聞かれて、答えに詰まる。
私はどんな家に住みたいんだろう。そして、どんな風に暮らしていきたいんだろう。
翌日から、家探しが始まった。
京都の不動産情報のサイトを片っ端からチェックしていく。長年ライターをやっているので、情報収集するのは得意だ。
ただ、今のところ洋介の会社へのアクセスと、大体の金額感しか条件が定まっていないので、いくら物件を見ても右から左へと流れていく。そもそも、賃貸か購入かも決めていないし。
とりあえず現状を打破したいとは思うものの、じゃあどこに向かいたいのかはさっぱりわからない。まるで、私の仕事の現状そのものだと思う。
そんなある日、おもしろい物件を多く取り扱っている不動産会社のサイトを見つけた。
物件探しから改装、賃貸も売買も行っているらしく、何も決まっていない私でも話を聞いてくれそうだった。
情報収集に疲れ始めたのもあり、「ここに相談してみようかな」とふと思った。もしかしたら相談しているうちに、自分の条件も浮かび上がってくるかもしれない。
メールをすると、すぐに返ってきた。
希望の条件に当てはまる物件があるので、よかったら一度見にいきませんか、と。
膠着していた私の物語が、動き出しそうな予感がした。
【文章】土門蘭