妄想物件物語

MACHIYA

物語⑩ 相田家の場合 滋賀県大津市プロジェクト 第2話

今回の登場人物
相田はるか(10)
小学校4年生。
両親の影響で自然が大好きな、心優しい女の子。

悠(6)
はるかの弟。明るくて元気な男の子。
保育園の年長。来年1年生になる。

お父さん(40)年収1,000万円
京都のデジタルマーケティング企業で働いている。
キャンプが好き。

お母さん(39)年商600万円
フリーランスのデザイナー。
娘の気持ちをとても大事にしている。涙もろい。

小学4年生になったはるかは、新しいクラスに馴染めず、
学校へ行くことがしんどく感じている今日この頃。
そんな娘の様子を見ていた父は心配になり、長男の進学を機に環境を変えることを検討。
ある日、学校を休んで父がはるかを連れて向かった先は─────

 

 

ここで好きなこと、なんでもしたらええ

 

 

父さんと二人で出かけるのは、いつぶりだろう。
弟の悠が生まれてからは、初めてかもしれない。

朝、お母さんが学校に欠席の電話をする。
登校の時間が過ぎて、みんなが小学校で授業を受け始めているころ、わたしたちは車に乗って京都から膳所へ向かった。だいたい30分くらいで着くらしい。

「どこに行くん?」

「それは着くまでの秘密や」

お父さんは小さく笑って、ゆったりハンドルを切った。

車の中で、お父さんは学校のことを何も聞かなかった。
その代わり「好きな曲流してええで」と、わたしにスマートフォンを渡してくれた。
わたしは、大好きなアニメの主題歌を流す。

「米津玄師か。はるかはセンスええなあ」

と、お父さんが言った。

コインパーキングに車を停めて、わたしたちは少しだけ歩いた。
静かな住宅街で、のんびりした雰囲気だ。すぐ近くに琵琶湖があるらしい。

途中で学校みたいな建物が見えてきて、わたしはつい体をかたくする。
お父さんがそれに気づいたのか、「ここは膳所高校。めちゃくちゃ賢いんやで」と言った。

「はるかなら行けるかもな」

「行けへんよ。そんな頭良くないし」

「いや、はるかは賢いよ」

お父さんはわたしの顔を見て笑う。

「高校いうたら、6年後やな。どんな子になってるか楽しみや」

5分ほど歩いたところで、二階建ての家の前で、お父さんが立ち止まった。
開けっぱなしの玄関から中をのぞいて、お父さんが「すみませーん」と言う。
知り合いの家なのかな? でもそれにしては、中では工事をしているようだ。
「ここ何?」とわたしが聞くと、ようやくお父さんが「新しい家にどうかなって思ってる物件」と教えてくれた。

「ええっ!」

それと同時に、メガネをかけたおじさんが玄関に出てきた。わたしの声にびっくりした顔をしつつ、「こんにちは」と声をかけてくれる。
わたしも「こんにちは」と返事をして、中に入ったお父さんを追った。

中には大工さんが二人いて作業をしていた。
彼らの仕事道具をふまないように気をつけながら、キョロキョロとあたりを見まわす。

「1階の手前は、どーんとリビングですね。十分な広さがあるので、半分はソファでくつろぐ空間にしたり、半分はキッチン&ダイニングにしたりできます。お子さんがお二人いらっしゃるということなので、半分キッズスペースにするのもいいかもしれません」

メガネのおじさんが、お父さんに説明をしている。お父さんは、ふんふんとうなずきながら、「はるかも聞いときや」と言った。

「リビングの奥には通路があって、奥にもう一部屋あります」

どうぞ、と言われてその通路を通った。
右にはお風呂とトイレ。左には庭があり、テントと折りたたみ式の椅子が置かれてある。ここで大工さんたちが休憩を取るのかもしれない。

「おお、中庭だ」

歩きながら、お父さんが嬉しそうに言った。

「そう、庭も結構広いんですよ。ここにはシンボルツリーを植えて、石もいくつか置く予定で、リビングからも奥の部屋からも眺められるお庭にしようと思っています」

「めちゃくちゃいいですね。素敵やなぁ」

緑が好きで庭を持つことが夢だったというお父さんは、腕を組みながらニコニコしている。

奥の部屋は、まるで秘密基地みたいだった。
リビングからちょっと離れているだけで、なんだかワクワクする。
「わたしの部屋はここがいいな」と思った。「悠も一緒がいいって言うやろか?」

ついそんなことを考えている自分に、ハッとする。
本当にわたしたち、ここに住むのかな。

2階に上がると、2つの部屋があった。

「おお、十分な広さですねえ。一個は和室か。ここでふとんしいて寝るのもええな」

お父さんがブツブツ言っている横で上を見ると、天井がなくて屋根の木材が丸見えだった。
太い木が頭上で架け渡されていて、この間、家族で泊まったロッジみたいだなと思った。

「見て、上。かっこいい」

お父さんにそっと伝えると、ヒゲもじゃの大工さんがそれに反応して、
「かっこいいでしょう」
と誇らしそうに言った。

「この家、今までに3回くらい手が入っているっぽいんです。時代の異なる3人の大工が、それぞれここで仕事してる。昔ながらのものを残しつつ、うまいこと今の建材を付け足しているんですよねぇ」

お父さんは「いいですね、そういうの」と目をキラキラさせた。
大工さんは「1階の壁なんかもね」と機嫌よく階段を降りていく。
ついていこうとしたら後ろから、

「ごめんな。あの大工さん、こういう話になると長いねん。でもすごく熱心な人やから」

とメガネのおじさんが言った。
わたしはブンブン首を振る。学校にいるよりも、こういう大人の話を聞くほうがずっと楽しいと思ったから。

大工さんは、リビングの壁を触りながら、
「これは『大津壁』っていって、大津の伝統的な技法で作られた壁なんですよ。漆喰みたいに糊を使わないで、コテで何度も押さえながら仕上げていくんです。高級なものになると、熟練の職人がめちゃくちゃ時間をかけてようやくできあがるくらい、手間がかかるんですって」
と言った。

お父さんとわたしは「へえー」と感心する。
声がハモったので、大工さんが笑った。
お父さんが照れくさそうに「かっこええな」と言い、わたしも「かっこいい」と返事した。

「玄関もずいぶん広いですね」

お父さんが言うと、大工さんが「そう!」と嬉しそうに頷いた。

「玄関は、大きな土間にする予定です。ちなみに扉はガラス扉。自転車やバイクも十分置けますし、小さなお店をするのいいし……」

「お店!? そんなんもできるんですか?」

わたしはつい聞き返した。すると大工さんはにっこり笑って、

「お店してもいいし、小さいテント張ってもいいし、プランター並べてもいいし。ここで好きなこと、なんでもしたらええ」

と言った。

 

【文章 土門 蘭】